Shinsuke Yonezawa

18thコラム:ベンとドン。

〜 Ben & Dom 〜

2018年3月8日 更新
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ぼくの宝物のレコードにベン・ワットのファースト12インチシングルがある。

もうずいぶん前('82)にリリースされたものだ。

ベン・ワットとはイギリスのネオアコースティック ムーヴメントを引き起こし、のちに時代を写しエレクトリックなダンスミュージックになっていった「エヴリシング・バット・ザ・ガール(EBTG)」のトレイシーソーンの相方だ、というとわかりやすいだろうか。

極寒の寒い朝、ラジオの某番組から流れるリュートや古楽器アンサンブル、ゆるやかなパイプオルガンの音が澄んだ冷たい空気の中で響くのがたまらなく好きなのだが、

それと同じように、感覚は違うのだけどこのベンワットの数曲には、あの喧騒の時代(Punk、Post Punk)の中、後の静けさ、壊れそうなガラスの繊細さ、ヒリヒリするエモーションとメランコリーが詰まっている。
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そして何よりも素敵なのは、その頃ベン・ワットが大尊敬していたロバート・ワイアットとのデュオ作であることだ。御大ワイアットに声をかけて参加してもらった喜びに満ちたメランコリー。ワイアット自体も一生の愛聴盤があるほど大好きなぼくとしては、この1st12インチEPからして珠玉なのであった。

https://youtu.be/3ySNVcJ4v6s

これをさむ〜い中で聴くのが一番ビリビリ響いてくるのだ。


マゾではない。


初期衝動のストレートな良さ、というのは成熟や熟練の魅力とはまったく違う、「抑え切れない発露」や「被せ物のないリアル」が詰まっていてそれが人の心にダイレクトに響いてくる。

これは自分で料理をつくるときにもたまに起こる。最初に思いついたアイデアを具現化するには、人はみんな結構繊細な五感フルパワーを発揮しているのだ。

「ビギナーズ ラック」というのはこの精神状態があるから現れるのだろうとも思う。

トム・ウェイツのアルバムデビュー前のものをまとめた「アーリー・イヤーズ」というアルバムがvol.1、vol.2とあるのだが、どちらもとてもシンプルで素晴らしい。かけていると誰なのか聞かれる率が高い。1stのジャジーなアレンジ以前の原曲の素朴な唄の世界だ。もっともトムの作品はダミ声になったあとのまったく真逆なアルバム「フランクス・ワイルド・イヤーズ」を頂点とするマニアック世界にも惚れているのだけれど。

これは先日パティシエ エス コヤマの小山さんと話していて出てきた、広く一般的にも心を掴める商品開発をしながら同時にマニアにも十分満足してもらえる物創りをするということと少し似ている。メジャーを狙えたからこその今のコヤマワールドがあり、あの凄みのあるショコラティエの世界をしっかり下支えできてるのだと思う。

初期衝動LUCKはワインの造り手にもたまに見受けられる。ワインはもう少しプロダクト的要素が強いので熟練による感動も多いのだが。ニコラ・ヴォーティエとか…

ナチュラルワインは個人的に小さな農家製のものが好きなのだが、所謂オーガニックビジネスはもう世界規模でどんどん大きく発展していて(日本はあまりにも遅れているが)なんかそういうところからもこれは!というワインが出てくるのだろう。なんちゃってではない本気のオーガニック企業がますます台頭してくると地球はきれいになるだろうか?

ボソボソと日々の雑感みたいになってしまったのだが、ベンワットの初期衝動の美しさと朝の冷え込んだ凛とした空気の中でほんとうはこの創り手の限りなく純粋な白を飲みたいのだが、さすがにぷるぷる凍えてしまうので少し温かみを感じる赤を。
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クリスチャン・チダのドンカピテル2012年。

この比類なき(←ここは月並みに)カベルネフランを凍てついた空気とともに身体に行き渡らせるとプライベートから宇宙伽藍へと繋がるようだ。最高の休日の朝を迎えるられる。

アンダーグラウンドもメジャーもない。

有名産地でヘラヘラしていると

突出を逃して豊かさの片鱗にも気づかずに

人生を終えることになるかもね。




PS: ベンワットは'83年EBTG結成直前にソロアルバム「ノース・マリン・ドライヴ」という傑作を出すのだが、それ以降ソロアルバムは出さず。

しかしなんと31年ぶりに2014年、ソロアルバムを出した。

そしてそのあと'16年に。
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2018年2月25日
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Shinsuke Yonezawa Shinsuke Yonezawa

尼崎、塚口にある尼崎最古のワインバー・ナジャのオーナー/シェフ/ソムリエ/DJ。